「あの、"話"って?」 久志さんの言葉に内心ドキドキしながらわたしはたずねた。 「まぁ、立ち話もなんだから座ったら?」 久志さんは自分の横の草をぽんぽんとたたいた。 私は黙ってそこに腰を下ろした。 ..."話"ってやっぱ凛さん関連だよね? ほかに考えられないし...。 でも、そこまでわかっても凛さんに関するどんなことなのかがわからない〜!!(汗) わたしが頭の中でそんなことをぐるぐる考えていると、久志さんはくすっと笑った。 「名前、"スズちゃん"だったよね?」 「え、なんで...」 なんで久志さんがわたしの名前知ってるの!? 「昨日、凛がそう言ってたし、前に何度かきみのこと聞いてたから。」 え!? 凛さんがわたしのことを!? どんなこと話したんだろう...でも、聞くのが恐い...。 「"スズ"ってあの鳴る鈴?」 「あ、はい。」 わたしの答えに久志さんはにっこり笑った。 「ふたりとも音読みだと"リン"だね。」 「え?」 わたしは一瞬何を言われたのかわからなかった。 でも、確かにそう言われれば、わたしの名前の字も音読みだと"リン"なんだよね。 凛さんとの思わぬ共通点にわたしは思わず笑みがこぼれた。 久志さんもまたにっこり笑った。 「ところでね...」 「は、はい!!」 「鈴ちゃんって凛のこと好きでしょ。」 え... あまりにもストレートな言葉にわたしはかたまってしまった。 た、確かにそうなんだけど...はっきりそう言われると...(照) 「ね?」 久志さんはにっこりと最上級の笑顔をわたしに向けた。 「...はい...」 わたしは真っ赤な顔でなんとか聞き取れるくらいの小さな声で答えた。 「それならね、あいつのことで知っておいてほしいことがあるんだ。」 久志さんの言葉にわたしは「?」と首を傾げた。 "知っておいてほしいこと"? 「昨日さ、あいつが帰ってこないからおふくろさんが心配してる、っていうの変に思わなかった?」 わたしは無言でこくっとうなづいた。 確かに、凛さんみたいなハタチ過ぎてる大人があんな時間に家に帰ってこないからって大騒ぎするのは変だなぁ、って思ってた。 わたしなんかもっと遅い時間まで遊んでることもあるけれど、うちの親は何も言わないし。 「まぁ、でも、それにも理由があってね...」 久志さんの話してくれたことはわたしにとっていろんな意味で衝撃的だった。 幼い頃、凛さんは身体が弱かったそうで、そのせいでお母さんは過保護といってもいいくらい凛さんにべったりだったそうだ。 でも、凛さんも高校生の頃にはだいぶ丈夫になり、周りの意見もあってお母さんも徐々に凛さんを見守っていく形になっていった。 しかし、凛さんが大学生3年の冬に事件が起きた。 遅くなる時はかならず連絡していた凛さんが何の連絡もなしに夜中になっても帰ってこなかったのだ。 「その時、凛、どうしてたと思う?」 久志さんの問いにまったく考えが浮かばないわたしは首を傾げた。 「凛は公園のベンチに座っていた。もう少しで凍死するところだった。」 「え...」 わたしは久志さんの言葉に耳を疑った。 その当時、凛さんはとある女性とおつきあいしていたらしい。 その日もその人とその公園で待ち合わせをしていたのだけれど、相手の人は来なかった。 何度電話してもつながらないので、凛さんは相手の家まで行ってみようかと思ったけれど、その間にその人が来るかもしれない、ということで公園から動けなかったらしい。 そして、夕方になっても、夜になっても、凛さんは恋人を待ち続けた...。 お母さんから連絡をもらい心当たりを探した久志さんが発見した時には、凛さんはとても冷たくなっていてほとんど意識もなかったらしい。 凛さんが病院にいる間に久志さんが調べた結果、"彼女"はその日、住んでいたアパートを引き払い、携帯も解約していた。 周りの友達に聞いても行き先はわからなかった。 そして、その日以来、またお母さんは凛さんにべったりになり、病院でも献身的に看病をした。 しかし、久志さんから彼女のことを聞いた凛さんは食事も睡眠も取らなくなってしまった。 お母さんや久志さんが説得しても状況は変わらなかった。 凛さんは彼女を失って"生きようとすること"をやめてしまったのだ。 それでも、"家に帰れば改善されるかもしれない"というお医者さんのすすめで凛さんは退院した。 久志さんは退院祝いに小さな子犬を連れてきた。 「それがコタ?」 わたしの言葉に久志さんはにっこり笑った。 「そん時、まだあいつ生まれて2ヵ月くらいで両手に乗っちゃうくらい小さかったんだ。それで"小太郎"。」 小太郎の世話は凛さんがひとりですることになった。 最初は無関心だった凛さんも鳴いたりおもらししたりする小太郎の面倒を見ているうちに徐々に以前の明るさを取り戻していったらしい。 「俺はとにかく凛に"自分は必要とされている"って感じて欲しかったんだ。それで、ちょっと荒療治♪ あいつの家族にも"絶対に手出しちゃだめ!!"って(笑)」 そう言って笑う久志さんにわたしも笑おうとしたけれどなんだかうまくできなかった。 「凛さん、その人のことすごく好きだったんですね...」 わたしはぎこちない笑顔のままぽつりとつぶやいた。 「...突然いなくなっちゃったら、なんにもしたくなくなっちゃうくらい...」 話しながらわたしの目からは涙がぽつりぽつりとこぼれていった。 そんな風に誰かを愛せる凛さんがすごいと思ったし、そこまで想われていた彼女がうらやましかった。 久志さんはおだやかな笑みを浮かべるとわたしの頭を軽くぽんぽんとした。 「それで、鈴ちゃんに何を言いたかったというと...」 久志さんの言葉にわたしは顔を上げた。 「凛はそういう"めんどくさいヤツ"だから、あいつのこと好きになるには相当の覚悟が必要だってこと。」 そして、久志さんはにっこり笑った。 「なにも好き好んで"ガラスのハート"を持ったヤツにほれることもない、と思うしね、俺は。」 "ガラスのハート"...確かに凛さんにぴったりかも...こわれやすくて傷つきやすい人... そして、久志さんの言うことも十分わかったつもりだけれど、今はいろんなことで頭が飽和状態になっていてとても答えを出せる状態ではなかった。 でも、久志さんはわたしがどうするのか知りたいのかなぁ...。 わたしが黙ったままうんうん悩んでいると久志さんはくすっと笑った。 「まぁ、どうするかは鈴ちゃんの自由だから、じっくり考えてみて。あ、そうだ...」 そう言うと、久志さんはポケットから何か取り出した。 「これ、凛が鈴ちゃんに渡しておいてって。」 それは1枚の名刺だった。 真ん中に"山之内凛"って大きく書いてあって、その下に携帯の番号とPCのメールアドレスが書いてあった。 「なんかかっこい〜!!」 わたしが名刺を手にきゃーきゃー騒いでいるのを久志さんは笑って見ていた。 「一応、仕事でいる時があるから作らせたんだ。あ、ちなみに、これ、俺の。」 久志さんはポケットからもう1枚名刺を取り出してわたしに差し出した。 「わ〜ありがとうございます!!」 その時ちょうど、4時半のチャイムが鳴った。 そして、それを合図にわたしたちはそれぞれその場を離れた。 「うーん...」 夕食後、自分の部屋にこもったわたしは机の上に置いた凛さんの名刺とにらめっこしていた。 凛さんがこれをわたしに渡してって言ってたということは、わたしに電話してほしいっていうことなのかなぁ? あ、でも、そこまで考えてないかも...うーん...。 わたしは大きくため息をついた。 ほんと凛さんに電話したい、声が聞きたい...。 でも、そう思っているのはたぶん...わたしだけ...。 自分で考えたことなのに気分が落ち込んでいくのはなぜだろう...。 わたしはしばし机に顔を突っ伏していた。 ...決めた!! ぐだぐだ考えていても状況は変わらないんだし。 もし嫌われたら...それはその時考えよう!! わたしは自分の携帯を取り出すとドキドキしながら名刺に書かれた番号をプッシュした。 trrrrr... ...出ない... ...やっぱやめておけばよかったかも... わたしがそんなことを考えているとふいにコール音が途切れた。 『はい。』 凛さんの声!! さらにドキドキの音が大きくなるのを感じた。 「あ、あの、凛さん、ですか?」 『鈴ちゃん?』 あ...ひょっとして、凛さん、よろこんでくれたかな...? 電話だからあんまりよくわからないけれど、少なくとも嫌そうではない、と思う。 「あの、今日、どうしたのかなぁ、と思って...」 『...』 電話する前にわたしがなんとかひねり出しておいた"電話をかけた理由"に凛さんは黙ってしまった...ひょっとしてきかれたくなかった!? 「...あの、凛さん...?」 『...鈴ちゃん、今からいつもの場所に来れる?』 え!? 凛さん、こんな時間に外出して大丈夫なの!? わたしの頭に最初に浮かんだのはそれだった。 (別にうちの親は「コンビニ行って来る」とか言えば文句言わないし。) 「あ、だ、大丈夫です!! 今すぐですか!?」 『うん。』 「わかりました!! それじゃあ、あとで!!」 わたしはそう言うとこっちから電話を切ってしまったが後の祭りであった...。 わたしは着ていたジャージ姿のまま外に飛び出した。 いつもの堤防は街灯がちょこっとある程度で結構暗かったけれど、犬を連れた人影が立っているのはちゃんとわかった。 「凛さん!!」 わたしの声に凛さんがこちらを向き、小太郎がしっぽを振った。 家からずっと走ってきたわたしは凛さんのそばで止まると、ぜーぜーと息を整えた。 「あの、どうしたんですか? なにか...」 "あったんですか?"と言いたかったけれど、ちょうどそこで息が切れてしまった。 暗がりの中でも凛さんがほほえんでいるのはわかったけれど、その顔はどこか寂しげだった。 「...凛さん?」 「今日、久志が俺のこと、鈴ちゃんに話したって聞いて...」 突然話し出した凛さんにわたしは「?」となったが黙って聞いていた。 「鈴ちゃん、もう会ってくれないんじゃないかと思った...」 「え!? なんでですか!?」 凛さんの言葉はわたしにとっても思いもかけないことだった。 「だって、俺って変でしょ...気味悪く思ったんじゃないかなぁ、って...」 「そんなことないです!! わたし、すごいなぁ、って思いました!!」 「"すごい"?」 「わたし、凛さんみたいなピュアな人、はじめてで...」 そう言いながらなぜか涙がこぼれてしまった。 凛さんが驚いた顔をした。 わたしはなんとか涙を止めたかったけれど、まったく止まりそうになかった。 そして、凛さんが腕を広げたと思ったら...いつのまにかわたしは凛さんの胸にすっぽりおさまっていた!! ってなんで!? なんでこうなってるの!? 心臓はドキドキどころかバクバクと鳴り、その音が耳に痛いほど響いていた。 「鈴ちゃんが電話してくれて、最初びっくりしたんだけど...すぐにうれしくなって、今すぐ会いたくなっちゃったんだ。」 え!? こんなにそばにいるんだから聞き間違える訳ないんだけど...でも、やっぱりわたしは自分の耳を疑った。 だって凛さんがそんなこと言ってくれるなんて...。 「来てくれてありがとう。」 わたしは凛さんのジャケットの袖をぎゅっとつかむと顔を上げた。 「わ、わたしも、凛さんに、会いたかった、です...」 わたしが涙目で凛さんの顔を見上げると、凛さんはとても優しい笑顔になった。 そして、凛さんの顔がゆっくり近づいて来て...ちょこんとくちびるが重なった。 一瞬、わたしは何が起こったのかわからなかった。 そして、自分の顔が一気に赤くなるのを感じた。 そんなわたしに凛さんはくすっと笑った。 「あ、順番まちがえた。」 「え?」 ぺろっと舌を出す凛さんにわたしは首を傾げた。 「鈴ちゃん、大好き。」 にっこり笑ってそう言う凛さんにわたしは心臓が飛び出るかと思った!! 顔なんか"これでもか!!"(!?)というくらい赤いんだろうなぁ...。 「わ、わたしも、大好き...」 しどろもどろな私に凛さんはまたにっこり笑った。 そして、わたしたちは二度目のキスをした。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ なんっっとか前後編でおさめました(ぜいぜい) 予定よりも長くなっちゃったので後編をさらに2回に分けようかと思ったくらい^^;(前科アリ) そして、気がつけばやっぱりコタが活躍していない...; ̄ロ ̄)!!(ごめんよ、コタ!!) なにはともあれ、鈴と凛の恋の結末はこんな感じで♪(ひょっとしたらまた書くかもしれませんが...) [綾部海 2004.5.23] |