〜I wanna be a dog〜


「二年生は"中だるみ"の年である。」
高校二年になって最初の学年集会で学年主任の先生がそう言った。
で、その言葉が暗示をかけたのか、それともほんとに"中だるみ"にはまってしまったのかはわからないけれど、わたしは毎日の生活をかったるく思うようになってしまった。
いや、"かったるい"というよりまさに"ダルイ"。
友達とも家族ともうまくやってるし特に原因が思い当たらないけれど。
ひょっとしたら、あこがれた先輩が卒業したのもあるかもしれない。
でも、ずっと見ているだけで想いを伝えようともしなかったし、学校で会えなくなった途端にその想いも一気にしぼんで消えてしまった。
その程度のものだったのだ。
そして、わたしは原因不明の"気だるさ"を抱えたまま毎日を過ごしていったのだった。

そんなある日。
わたしはいつものようにD駅で電車を降り家路をたどっていた。
そして、帰り道の途中にある水色の橋を渡る時になにげに堤防に目をやると一匹の犬が目に入った。
白・黒・茶の後姿のその犬は川に向かって座っている飼い主らしい人物の隣できっちりと"おすわり"をしていた。
わたしはその姿にむかし飼っていたタロウという犬を思い出した。
タロウはわたしが小学生の時に兄が拾ってきた雑種犬だ。
あの頃はわたしも兄といっしょにこの堤防にタロウのさんぽに来たりしていた。
そして、ふとわたしは"犬になれたらいいなぁ"などと思ってしまった。
わたしの記憶の中では、タロウは寝たい時に寝て、遊びたい時に遊ぶ、という気ままな生活を送っていた。
そういう日々が送れたらこんな"だるさ"を感じることもないだろうに。
そんなことを考えているうちにわたしは橋の終着点にやってきていた。
そして、なんとなくさっきの犬の顔でも見てやろう、と振り向くと...

あ...

一瞬、時が止まったかと思った。
タレ耳の犬の隣に座っていた人物は茶色い長めの髪の後姿からてっきり女の人だと思っていた。
でも、正面から見たその人はどう見ても男の人で...でも、とてもきれいで...。
わたしはその"カップル"から目が離せなくなっていた。
チリンチリン!!
歩道のど真ん中に突っ立っていたわたしは自転車のベルの音ではっと我に返り、あわてて端に寄った。
そして、ぶっきらぼうに通り過ぎる自転車を見送ると、あわてて家の方向へ足を向けた。
顔が赤くなっているのが自分でもわかった。

その日からわたしの中の"中だるみ"はどこかへ飛んで行ってしまった。
そして、わたしは毎日同じ時刻の電車に乗るようになったのだった。
(どうやらあの"ふたり組"は雨の日以外はあの時間にあの堤防にいるらしい。)
最初はただ眺めているだけで満足だった。
でも、だんだんとあの人のことを知りたくなっていった。
去年のふたつ上の先輩の時は同じ部活の子とかお姉さんが同じクラスにいる子とかからいろいろ情報がまわってきた。
でも、今回はまわりにあの人を知っている人はいない。
ということは、自分で直接きかないといけないのだ。
そのことに気づいたわたしは、毎日D駅で電車を降りる時に「今日は絶対に話しかける!!」と思いながらもなにもできずに橋を渡りきってしまう日々を送るようになるのだった。

そんなことをくりかえしながら一ヶ月ほどたったある日。
いつものようにひとりでドキドキと緊張しながら水色の橋にさしかかろうとしたわたしは、後ろから自転車がやってきたので堤防沿いの道へとよけた。
ふと堤防に目をやるとタレ耳犬と茶色の髪の人はいつものように座り込んでいた。
あとちょっと。 あと少し歩くだけであの人のそばに行ける。
そう思ったわたしは一歩足を進めた。アスファルトの道から緑生い茂る空間へと入り込んだ。
胸の鼓動は"ドキドキ"から"バクバク"へと変わっていた。
そして、もう一歩。
しかし、そこでわたしの足は根でも生えてしまったかのようにピクリとも動かなくなってしまった。
"ふたり"とわたしの距離はほんの数メートルだったが、今のわたしにはその距離を埋めることはとても無理だった。
わたしは深くため息をつくと、その場に腰を下ろした。
前方にはふたりの後姿。
いつもとはちょっと違うアングルはなんだか新鮮だった。
ふと脚に触っている制服のスカートのポケットになんか違和感が...。
"なにか入ってたっけ?"と手を突っ込んでみると、友達にもらった"ミルキー"が入っていた。
わたしはきゅっとひねってあった包み紙をほどくと、白くてまるいキャンディを口の中にいれた。
残った包み紙をどうしようか一瞬迷ったが、捨てるところもないので手の中でくしゃっと握りつぶしそのまま持っていた。
そして、わたしはまた大きくため息をついた。

まぁ、いつもにくらべたらすごい進歩だし...。
明日からまたがんばればいいや。

そう思うと同時に「ほんとにがんばれる日なんて来るの?」という考えが頭の中をぐるぐるまわり始めた。
そして、目の前にいるふたりに一生、手が届くことはないように思えて来て、胸が苦しくなった。
わたしは思わず流れそうになった涙を隠すように抱えたひざに顔を埋めた。

しばらく、わたしがその体勢でいると...。
気づけばすぐそばになにかの"気配"を感じていた。
なにか...生温かいもの(!!)がすぐそばに...。
わたしがおそるおそる顔を上げると...目の前にいたのは黒いヒクヒク動く物体!!
「きゃっ!!」
「あ、小太郎!!」
よく見たらそれは白・黒・茶のタレ耳犬の黒い鼻だった。
その鼻はなぜかぎゅっと握ったわたしの手を真剣に嗅いでいた。
「すみません、うちの犬が...」
その声にさらに顔を上げると、目の前には茶色い髪の"彼"が!!
「あ、いえ...」
ひとりドギマギしているわたしを尻目に彼はわたしにくっついている犬を引き剥がそうとしていた。
「こら、コタ!! おまえの"おいしいもの"なんてどこにもないだろう!!」
「あ、ひょっとして...」
"おいしいもの"という言葉からわたしは手の中のものを思い出した。
開いた手のひらにはさっきのキャンディの包み紙。
「ごめんね、もうこれしかないの。」
わたしがタレ耳犬に手のひらを向けると...目の前にあった包み紙は消えてしまった..."コタ"の口の中へ...。
「わ〜!!! すみません!!!」
予想外の出来事にわたしは大慌て!!
「あ、大丈夫ですよ、紙だから。すみません、ほんとに食い意地はってるもんで...」
苦笑いしつつも落ち着いた様子の飼い主さんにわたしはほっとした。
当のタレ耳犬はとても満足気な顔でちょこんと座っていた。
そして、彼はちょっとこまったような顔をしながらその犬の頭をなでた。
「あの...このワンちゃん、"小太郎"くんっていうんですか?」
わたしがおずおずと声を掛けると"彼"はにっこりと笑った。
「はい。うちに来た時ちっちゃかったもんで。ふだんは"コタ"って呼んでますけど。」
「わたしの家でも前に犬飼ってたんですけど、タロウって名前だったんです。」
「そうなんですか。」
"小太郎"は自分の話をされたせいか、とことことわたしにすりよってきた。
思わず笑顔になったわたしはその背中をゆっくりとなでた。

その時、4時半を告げる鐘がすぐそばの電柱に取りつけられたスピーカーから流れた。
「あ、そろそろ帰らないと。」
茶色の髪の人がそう言って立ち上がると、小太郎も彼に駆け寄った。
「あ、あの!!」
わたしはあわてて声をかけた。
せっかく話ができたのに、考えてみたら"この人"についてはなんにも知らないままだなんて!!
そう思ったわたしは「これだけはきかなければ!!」と思った。
「あの...もしよろしかったら、お名前、教えていただけますか...?」
わたしの言葉に"彼"は一瞬驚いた顔をしたが、すぐににっこりと笑った。
「"リン"です。ヤマノウチリン。」
彼はそう言いながら土がむき出しになったところに"凛"という字を書いた。
「すてきな名前!!」
「ありがとうございます。あなたは?」
にっこり笑顔の凛さんに見とれて、わたしは一瞬、自分がきかれたことが理解できずにいた。
「あ、あの、わたし、"スズ"、衛藤(えとう)鈴です。」
真っ赤な顔で話すわたしに凛さんはにこっと笑った。

「かわいい名前ですね。」

その言葉と笑顔のダブルパンチにわたしはノックダウン寸前だった。
そんなわたしを彼の隣の小太郎も笑っているように思えた。


―やっぱりわたしは犬になりたい(ただし一部限定)―


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すみません!! 犬が書きたかったんです^^;
ほんとは"コタ"はまだ若いのでカイよりももっと子供っぽい顔なのですが...。
(カイはもうだいぶ"おっさん顔"なのです^_^;)
タイトルは一青窈さんの曲から。サブタイトルは綾部が勝手に(!?)作りました。
このお話もひょっとしたらつづく...かも。
[綾部海 2004.4.24]

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