別れを告げる練習なんて、私には要らない。




 卒業式と云う、春先の重大イベントを明後日に控え・・・クラス中では生徒達が、お互いの別れを名残惜しんでいるような雰囲気で話し合っていた。
無理もないだろう。再会・・・するには、高いと云えない可能性の中で。
1分、1秒でも長く居たいと云うのは誰でも同じことだ。
だが、そんなクラスメイト達を一瞥し、冷静な顔つきでガラス窓の向こう側・・・外の景色に視線を移す女生徒の姿。
客観的に見るならば、彼女・・・は、この別れが他の生徒達より辛くないような、そんな感じにも取れるのだ。
・・・が、としては、普段通りに誰かと話しているより、今までの色々な思い出に浸っていたい・・・ようで。
そう・・・何だかんだ云って、あっという間に過ぎてしまった・・・三年間を。
沢山あった・・・数え切れないぐらいの出来事。
その起こった出来事が、昨日のことのように思え・・・。
は、自然に・・・今までこの学び舎で生活してきた日々を思い返していた。
その中でも、やはり・・・思い出深い、ある人との出会い。
と同時に、明後日で此処を後にするために別れなくてはいけない。
・・・いや、一度、別れを告げなければならないと言った方が正しいだろう。
その言葉が、なかなか上手く思い浮かばず。
だいたいの人達には、決めているのだが。
1番・・・重要な・・・肝心の想い人への別れの挨拶が難しく。
二、三ヶ月前から・・・そればかり考えてしまっていたのだった。
まぁ、自体がお世辞にも素直とは云い難く・・・どちらかと云えば、不器用な性格だから仕方がないことなのだが。
勿論、そのの想い人である人物も、素直なタイプ・・・とは言えず。

「はぁ・・・」

少し、目線を落とし軽く息を吐く。
何となくだが、気持ちが落ち着かないような・・・不安にも似た、そんな気分に駆られる。
そうして、再び・・・視線を上げ、教室内に戻した時。
コンコンっと小さいながらも、ハッキリとした音が聞こえてくる。
自分のクラスの誰かが、何かを叩いてるのだろうか・・・と思い、は見回すように室内を眺る。
と・・・ある一定の所に来た時点で、の視線が止まる。
無論、その先には―――・・・。

「・・・Y組の サン〜?」

後方にある出入り口の扉に上半身を預けるようにして、コチラを見ている・・・
銀髪に何故か白衣を着用し、メガネで。
そして、やる気があるのか、ないのか・・・思わず、聞きたくなってしまうような目をしている青年。
彼は、隣のクラス・・・Z組の担任教師である坂田銀八。
何故か、休み時間に・・・フラリとY組に現れ、と他愛のない会話し、自分の教室に戻っていくと云った、実に教師からぬ行動を取っている人物なのだ。
ま、彼の担当しているクラスも一筋縄ではいかないのも、また事実。

「ぎっ、銀八先生・・・!?」

銀八の姿に、はビックリしたようで思わず声を上げてしまう。
その瞬間、何かにハッとするが・・・今日は珍しいことにクラスメイト達からの注目はなく。
普段ならば、Z組の生徒・・・若しくは銀八が、ちょこっと顔を見せるだけでも大騒ぎになりそうな勢いで視線を浴びることになるのだが。
卒業が間近のためであろう・・・生徒達は、それどころではない様子。

「ど、どうかしたんですか?」

少し、足早に銀八が立つ出入り口の扉まで移動する。
勿論、あまり足音を立たせないように静かに気を使って・・・。

「あっ、あぁ・・・。大したことじゃないんだけどな」
“・・・それにしては、珍しいこともあるもんだな”

こう呟くように付け足すと、のクラスでもあるY組の教室を見渡す。
そうなのだ・・・先ほども云ったように、銀八達が姿を見せただけで注目の的になってしまう。
そのために、個人的に用がある時には、教室からを連れ出す・・・カタチを取っていたのだ。

「あはは。そうですね」

も室内に目をやり・・・苦笑い混じりで、そう同意するように銀八に答えた。

「まったく・・・困りモノだよ。お前らクラスも・・・」

ふうっと、軽く息を吐き、少々呆れたような表情を浮かべる銀八。

「いえいえ・・・Z組ほどじゃございません」

小さく笑って、そう返事をする。

「ははっ・・・。それは、そーだけどよ」

の笑みにつられるかのように、銀八も軽くだが笑って見せた。
・・・と、此処まではいつも通りの会話だったが。

・・・ちょっと、耳かせ」

急に、真剣な面持ちで銀八は、こう一言だけ小声で伝える。

「耳・・・ですか?」

唐突な銀八の指示に、目を丸くし聞き返してみる

“良いですけど・・・何かあったんですか?”

そんな彼の言動を、不思議に思いながらもは、銀八により近付こうと歩を進める。

「うーん。本当に大したことないんだけどな・・・うん」

そう、何かに躊躇っているような様子で・・・同時に、自身にも言い聞かしているような口調で話す。

「ちゃんと、言ってくれなきゃ分からないですよ?」

好きな・・・好意を寄せてる相手なら、尚更で。
は、ずいっと、銀八に顔を近付けると、その先の言葉を促すかのようにそう言った。

「・・・が、そんな積極的だとは思わなかったぜ」

突然ののこの行為に、銀八は不意を突かれたように目を見開いてしまう。
お互い、至近距離・・・範囲内のために顔の1部分になっている唇も近く。

「・・・はい?何を言ってるんですか?」

銀八のそんな軽口に、は落ち着いた表情で冷静に言い放つ。

“誰も、先生なんか誘ってませんから”

そう付け足すように・・・キッパリ、スッパリと強く言い切る

「―――・・・先生・・・なんかって、それ・・・ちょっと酷くねェか?」
「全然!酷くないですよ」

首を大きく左右に振り、否定するかのようにこう言い返す。
そんなの言動に・・・軽くではあるが、ショックを受けたようで銀八は肩をガクッと落とした。

「強く・・・なったな」

深く息を吐き・・・一旦、両目を伏せて、再びと視線を合わせる。

「・・・おかげさまで」

ニッコリと微笑む
冗談っぽい感じではあるが・・・心の底から感謝しているのだった。

「そっか。で、話を元に戻すか。このままだと、平行線を辿りそうな勢いなんだよな」

“うーん”と銀八は1回唸り、髪の毛を掻き回す。

「そうですね・・・。それで、本当の用は何ですか?」

こう柔らかな口調で返し、銀八の返事を静かに待つ。

「実はな・・・」

そっと、の耳に口を近付け・・・かなり小さい声で何かを伝える。

「・・・―――って、えぇ!!??」

銀八の発言に対して・・・は驚きのあまり体勢を崩しそうになってしまう。

「それって・・・りゅう・・・」

と、言い掛け慌てて自分の口元を両手で覆う。
1クラスの教師としては、大問題・・・いや、学校全体にも云えることだろう。
ある意味で、問題発言にも似た・・・銀八の言葉に。
は、ただただ・・・驚くだけ。

「あぁ・・・。ハッキリ言えば、そうだな・・・」

ハァ・・・と、何処かスッキリしない顔つきで息を吐き出す銀八。

「・・・で、でも、何でですか?全員って・・・」

その真意が掴めず、静かに聞き返してみる。

“普通だったら、ありえないと思うんですが”

それに、自身としても・・・納得がいかないのだ。
数人と云うのであれば大した問題でもあるが。
何故・・・と云う疑問が、の頭全体を埋める。
それに先ほど、銀八は『大したことない・・・』と云っていた。
その意味もイマイチ、把握出来ずに。

「あぁ・・・普通は、な」

少し、目線を落とし、そう静かに呟く。

「・・・まさか。ワザ・・・とじゃないですよね?」

疑ってかかるワケではないが・・・聞かずにはいられないのだ。
銀八と云う青年と・・・Z組の生徒達を。
もし、ワザとならば・・・一体、何のためにだろうか。
じょじょに、その疑問が膨らみ始めてしまう。

「・・・ ・・・」

だが、しかし・・・直ぐに銀八からの返事はなく。

「先生?」

不安になり・・・は呼びかける。

・・・。お前は幸せ者だな」

暫くして、口を開き・・・フッと小さく笑ってみせる銀八。

「・・・はい?」

その台詞に、は真の意味を理解出来ず。

「どうやら、あいつら・・・もう1年、此処に残って、お前のことを待ってる気みたいだぞ?」

チラッと、銀八はZ組に視線を移す。
・・・そこには、Z組の生徒達全員が、身を乗り出してと銀八の二人の様子を見つめていた。

「いつでも、気軽に・・・遊びに来れるよう、困った時には直ぐに助けられるよう・・・にしたいんだと」
“勿論、俺も・・・だけど”

銀八も、やっと自分自身に素直になろうと思ったのか、照れたような顔つきで付け加える。

「・・・先生・・・皆・・・」

は、気持ちがいっぱいになっていくのを感じ、今にも自分から出てきそうな涙と云う滴を必死に堪える。

「自分の家の他にも、もう1つ帰れる居場所ってのは・・・必要だと思うぜ?」

銀八は、その大きな手の平で、そっとの頭を優しく・・・包み込むように撫でてやる。

「何か、困ったことがあったら直ぐに俺・・・いや、此処に来い。お前の力に必ず・・・なってみせるから」

“泣くには、まだ早いだろ?やれやれ・・・困ったもんだなァ。お前にも”

そう続けると、銀八は、の身を引き寄せるように廊下に出させてから、あまり刺激しない程度に軽く抱きしめる。

「・・・はい。すいません・・・。ありがとうございます・・・先生」

「あぁ。俺は、今まで通り・・・此処で待ってるからな」

その腕の中で・・・は、銀八に礼を述べる。

―――・・・色々と迷って、悩んでいたって仕方ない。
今まで、心の底から素直になれずに居た自分・・・。
だが、今になってやっと分かった気がした。
そうなのだ・・・待っていてくれる人達が居るならば。

そう・・・気丈に、強く・・・この愛しい人と皆には―――・・・。

“さよなら”の言葉ではなく・・・“行ってきます”を――。



別れを告げる練習なんて、私には要らない・・・そう思うから。



                                               E N D

メッセージ:此処まで読んで下さってありがとうございました。
企画サイト様への夢でございます。引き続き・・・3z設定ですね;
ちなみに、テーマは「素直になれない恋」でございます。
本館への更新・・・遅くなってすいません;
自分的には・・・普通だったらありえないと云う展開が好きなので。
ご意見・ご感想等ありましたらBBSまで。

                                                   2007.1.20.ゆうき(※更新日:07.2.5)