宝石みたいな飴玉。
まだ、通常の登校時間には早く。校内に入って行く生徒も疎らであり。
これから、いつものように賑やかな学校になる・・・とは思えないくらいの静かさ。
その中を、自分のクラスでもあるのか三年Y組の教室に繋がっている長い廊下を、1人、静かに歩く女生徒の姿があった。
それは、この学校の生徒として、いつも通りのことで、当たり前の行動だ。
しいて云うならば、多少・・・登校の時間が普段より早いだけであって。
だが、途中まで来て何を思ったのか、その女生徒・・・は足を止めてしまう。
別に、クラス自体に問題があるワケでもなく。
学校自体も、そんな嫌うほどの思いはしてないのだから。
どちらかと言ったら・・・先ほどの説明の逆の方が正しいであろう・・・学校生活。
それに、何か忘れ物をした・・・と云う感じには見受けられない。
彼女、の場合は、明るく前向きな性格のため、例えもし、忘れ物をしたとしてもクヨクヨ悩むことはせずに、瞬時に良い解決法を生み出せるのだから。
それでは、何故・・・立ち止まってしまったのかと云えば。
「・・・っ。あっ・・・あぁ・・・」
この時間の廊下は、静けさの方が勝っているため、通常通りのボリュームで話すと辺りに反響してしまう。
それを分かってか、回りに聞こえるか聞こえないかの小さな声を出してみる。
勿論、気持ちが沈んでいるワケでも、意味がない・・・ワケでもない。
いつものなら、もう少し・・・声を出すことが出来るのだが。
「あぁ・・・。・・・はぁ」
“うーん。やっぱり、風邪かな・・・。喉が凄い痛いや・・・”
そう呟くように続けると、ガックリと肩を落とした。
この間から変に頭痛が続き・・・次に、寒気がし。
そして、喉の方に違和感を覚え痛むようになってしまった。
最初は気のせいだと思っていのだ。
朝も、そんな酷くは無い様子だから、気にせずに登校して来たのが、失敗だったのか。
そう・・・のど飴とまでいかなくても、飴自体を何処かで買うか何かをすれば、まだ少しは楽だったのかもしれないのだ。
徐々に、痛みが強くなってくる。
「・・・っ!」
ケホッ、ケホッ・・・とその痛みに耐えられなく、咽返すように外へと吐き出される。
とにかく、今は一旦、自分の教室に向かわなくてはならない。
そう思い、止めていた足を再び動かす。
今のトコロはまだ、良い方だが。
これ以上、症状が悪化するのか勘弁して欲しいものだ。
唾を飲み込むだけ、話すだけでも辛い中・・・。
今日は出来るだけ、人と会話をしないようにするしか無い。
そのため、極力・・・顔を下げて、あまり人と目を合わさないようにすることに決めた。
だが、しかし・・・そのことも、数分後には無意味と化してしまうのだった。
長い廊下を歩き続けている・・・と。
ふいに、背後からポンっと軽く肩を叩かれる。
「、おはよーさんっ。今日は、早いンだな。日直か、何かか?」
予想もしていなかったのか、はその青年の姿に目を丸くして驚いてしまう。
いつもと同じく、少し気だるそうな・・・微妙な声音で。
振り返って来たに、軽く微笑む。
クセのある銀髪で、口には煙草・・・そして、何故か白衣にサンダルな格好をしている青年。
・・・今、学校中で最も有名な、あのZ組と云うクラスを任されいる人物だ。
そう・・・彼の名は坂田銀八。
ちなみに、とは家もお互いが近所と云うこともあり、昔からの幼馴染でもあるのだ。
ただ、此処は学校。
彼は教師、自分は生徒であるのだから・・・校内では“先生”と呼ぶことは当たり前で。
プライベートは・・・これは今、あまり関係ないだろうから、また今度、話をすることにしよう。
「あっ・・・せっ、先生。おはよ・・・ございます。はい・・・日直で・・・」
掠れかけた、その声で無理矢理答えようとする。
このまま、は次の言葉を続けようとして、口を開く。
・・・だが。
ケホッ、ゴホッと、その場で息を詰まらせて咳き込んでしまった。
そんなを見て、銀八は思わず顔を顰めてしまう。
無論、のことを真剣に心配してのことである。
「・・・オイオイ。大丈夫か?」
“風邪でも引いたのか・・・?”
こう柔らかく問いかけてみる。
あまり、酷いようならば何か対策を取らねばならないのだ。
勿論、本人の意見を尊重して・・・なのだが。
相手が、ならまた別の話であって。
「はっ、はい・・・すいません。先生こそ、今日は・・・早いですね」
強く咳き込んでしまったらしく、の瞳には涙が溜まっていた。
「あぁ・・・。いやぁ、今日は早めに職員会議があるってもんだから」
“と云うか、俺に謝っても・・・風邪は治らないしなァ”
その顔を直視しまった銀八は、いたたまれなくなってしまう。
はぁーっと長い溜息をつき、視線を一旦、から外す。
それから、半ば呆れたような表情を作った。
「あ・・・はは。そうですね。すいません」
こう苦笑い混じりに、何とか声を押し出して答える。
もしかしたら、自分の言動に・・・完全に呆れられてしまったのかもしれない・・・と、思わずにはいられなかった。
それに、嫌われた可能性もなくはないとも感じてしまう。
どうやら、今日は思考の方も上手く働かずに・・・マイナス面に考えてしまうようだ。
やはり、風邪を引いているせいだろうか・・・。
「そ、それじゃ・・・教室に行きます・・・ね」
風邪の症状でもある、喉の痛みを必死に堪えながら、笑顔を向け、軽くお辞儀し足を進める。
後方では、不安気に見つめる銀八の姿。
・・・と、此処までは良かったのだが。
無理をして話していたせいか、それまで我慢していたものが一気に咳となり出される。
は苦しさのあまり、今の体勢を崩し、その場にしゃがみ込んでしまった。
「オッ・・・オイッ!?大丈夫か!?」
突然の状況に、ビックリしたらしく・・・銀八は反射的にに駆け寄り、その細い両肩に手をかけて、顔を覗き込む。
「だっ・・・大丈・・・夫・・・でっ・・・す」
途切れ途切れになりながらも、は銀八に返事をする。
懸命に、自分から吐き出されている咳を止めようとするのだが。
一向に止まる気配はなく。
そのまま、冷たく固い廊下に倒れそうになるを、必死に支えながら銀八は言葉をかける。
「・・・ったく。大丈夫・・・じゃなねェだろうが。風邪の時は無理はすんなって・・・いつも言ってるだろ」
“お前は昔から気管支が弱いから。それに、もし何かあったら・・・困るんだよ。色々と”
こう付け足すと、優しく背中を擦ってやる。
教師として、1生徒を心配するのも当然の義務だろう。
と、同時に・・・を1人の女性として大切に想ってるからこその発言でもあった。
此処では余計な説明だと思うが、あえて補足させて貰うとすれば、お互いに向かい合っていたため、傍から見ると銀八がを抱き締めているようにも見えるのだ。
「あ、あり・・・がとう・・・ございます」
激しく、咳いてしまったためなのか・・・息も上がり、両肩が上下に大きく揺れる。
呼吸自体も苦しそうだ。
「あーっ。もう、イイから。しゃべんな・・・もう。俺は・・・お前の辛そうな顔が1番、嫌なんだよ」
銀八にしては珍しく、今の状態に戸惑っているようで。
・・・右手で擦りながらも顔を上げ、天を仰ぎ見た。
「ごっ・・・ごめんなさい」
頭を下げたままの体勢で、そう一言・・・は小さく謝る。
「まったく・・・お前にも困ったもんだよ。ホント」
軽く息を吐き、こう愚痴るように言葉を零しながら、背中を優しく擦り続ける。
次第に、呼吸の乱れと咳は治まっていき、落ち着きを取り戻した。
「・・・ほ、本当に、すいません」
は、顔を上げ銀八にお礼の意味を込めて伝える。
「いや・・・だから・・・」
何と言っていいか、焦りながらも言葉を繋げようとした銀八だったが。
「・・・手を出せ」
と、突然。何を思ったのか、銀八はに指示を出す。
「え?・・・何ですか?」
キョトンとし、目を丸く・・・不思議な顔をする。
「イイから。出しなさい?」
そんな顔も愛おしい・・・と思わずにはいられない銀八。
その想いを悟られないように、普段のいつもの表情を保ち続ける。
「あ、はい・・・」
すっと手を出してみれば。
コロンっと、その小さな手の平に、丸く可愛い包装紙に包まれた飴玉が、二、三個乗ってきた。
「えっ!?これって・・・」
いきなりの銀八の行動と手の上の飴玉に、思わず声を上げてしまう。
「俺の大切な必需品のキャンディだ」
こう云うと、ニッと軽く笑う。
“キレーな飴玉なんだよ。宝石みたいでさ。昨日の帰り、寄ったコンビニにあって・・・新製品だったから買っちまったよ”
そう、楽しそうに・・・まるで子供に戻ってしまったような、そんな顔つきで語る銀八。
それが、少し微笑ましく思えた。
「これで、喉も少しは楽だろ?」
小さく、手に乗っている飴玉を指差す。
「あっ・・・」
その言葉を聞いて、はハッとする。
“ありがとう・・・ございます”
こう、もう1度・・・今度はしっかりとした声で感謝していることを伝えた。
「いえいえ。そんじゃ、俺は行くから。・・・何かあったら、直ぐにZ組に来なさい。分かった?」
すっと、立ち上がると、同じく・・・座り込んでいたも助け起こして、返答を待つ。
「あ、はい」
コクンッと深く頷いてみせる。
そして、少し見上げると・・・そこには、いつもの柔らかな表情で立っている銀八の姿があった。
「よしっ。イイ返事!」
“じゃあ、また後でな”
そう言い残すと、銀八はその長い廊下をまた歩き始める。後姿を静かに見つめる・・・。
その片手には、宝石みたいな飴玉が握られていた・・・。
E N D
メッセージ:此処まで読んで下さってありがとうございました。
企画サイト様への夢でございます。引き続き・・・3z設定でのお話です;
本館への更新・・・大分、遅くなってすいません;
自分が気管支が弱いので・・・(苦笑)
ご意見・ご感想等ありましたらBBSまで。
2006.12.15.ゆうき(※更新日:07.2.5)