Wedding dress −未来の花嫁−
6月の花嫁・・・またの名を“ジューン・ブライド”。
それは、一般的に乙女の憧れとして存在しているモノ。
純白の繊細でかつ美しい、汚れなき衣をその身に纏い、隣りには・・・大切な、愛する人がいる。
・・・それだけで幸せなのだ。
外は、梅雨空。薄暗い、天からの雫は止むことを知らず、未だに降り注いでいる。
まるで、空が泣いているかのように。
は、そんな空模様を、普段は業務用に使用されているソファに座りながら、事務所の窓を通して見つめる。
そして、軽く息を吐く。
その隣りで先ほどから、愛読しているジャピンに夢中な・・・
当事務所の主でもあり、数少ない執行人でもある六氷透は、そんな小さなため息など全く気にはしていない。
「あ〜ぁ。一度で良いから、ドレス・・・着てみたいなぁ・・・」
ファッション雑誌からの影響なのか、は、ワザと隣りのムヒョが気づくように、大きめの声を上げると天井を仰ぎ見た。
しかし、そう言ったところで状況は変わることなく。
ムヒョがジャピンを読んでる時は、何も耳に入って来ない・・・
正しくは、入らないと云った方が良いだろう。
そのくらい、集中してるのだ。
そう、はそれを充分、理解しているつもりなのだが。
やはり、返事が返ってこないとなると・・・無視、相手にされていないようで、切なく、寂しい。
そんな気持ちに陥ってしまったは、帰ろうと思い、手にしていたファッション雑誌を閉じ、バックにしまう。
そして、身支度を済ませると静かに席を立ち、玄関である出入り口に足を向ける。
靴を履き外へ出ようと、ノブに手をかけた・・・その時。
突然、に背後から声がかかった。
「・・・オイ。帰るのか?」
声の持ち主は、勿論、ムヒョだ。
先刻まで、夢中だったジャピンから目を離し、に視線を移す。
いつもは、一言『帰る』と言って部屋を後にするが、今日に限って黙って帰ろうとしたのだ。
そんなの行動に、ムヒョは違和感を覚える。
「あ、うん。・・・だって、ムヒョ・・・忙しそうだし」
遠回しに、それと同時に何かに怯えている様子で、はそう表現する。
あまり、はっきり言い過ぎたり、喧嘩越しに怒鳴るのもよくないだろう。
特に、相手がムヒョなら尚更だ。
「フーン。、お前には、オレが忙しく見えたか?」
「う、うん」
ムヒョの、その問いかけに、そのままの体勢で、振り返ることはせず、は1回だけ首を縦に振って、頷いた。
「そーか。オレは、ジャピン呼んでるだけで忙しくなるんだナ。それじゃ、オレは毎日忙しい・・・と云うことになるんじゃねェか?なぁ、?」
“フムフム”と頷き、1人で納得するかのように、ムヒョは言葉を投げかけてくる。
「・・・そ、そうだね」
動揺しながらも、そう答える。
声には、さほど変化はないがムヒョの台詞に少々、トゲがあるようにも感じた。
そうして・・・
「・・・そう思うなら、帰れ」
冷徹に、突き放すように・・・そう言い放つムヒョ。
「うん・・・ごめん。じゃあね」
この時のムヒョの『帰れ』は、いつものとは違うように思えた。
その発言に、は胸が締め付けられる感覚に襲われる。
自分の取った言動に、後悔しながらノブを回し、部屋から出て行こう・・・としたのだが。
ガチャ、ガチャッ。
「あ、あれ!?」
何度か回すが、ドアは一向に開く気配をみせず。
鍵・・・は、まずありえないのだ。
特に内側からは。
ガチャ、ガチャッ。
もう何回か回してみる・・・が、結果は同じ。
「なっ、何で開かないの!?お、おかしいなぁ〜・・・。どうしよう」
は、目の前のありえない出来事に、焦り、混乱し始める。
「オイ。事務所のドア、壊す気か?」
「だって・・・ムヒョ。開かないんだよ!?鍵はかかってないみたいだし・・・」
涙目で、必死になって訴えるは、あるトコロまで言いかけてハッとする。
「ねぇ、ムヒョ・・・もしかして―――・・・!?」
そうなのだ。
仮にも、この六氷透は魔法律家で執行人。
特例法を発令することは、容易いであろう。
普通に考えて、突然、鍵が壊れて開かなくなった・・・ことは可能性として、非常に薄く。
しかしながら、ムヒョ本人が魔法律を発令したとも簡単には考えられないのだ。
「何だヨ?」
そう言ったムヒョは・・・少し笑っているように見えた。
「魔法律・・・使ってるわけないよね?」
は、一応、可能性として高くはないが、今の状態では、充分ありえそうなことを、ムヒョに恐る恐る尋ねてみた。
例え、自分の予想が外れていても・・・ムヒョならば、嫌々でも答えてくれると思ったからだった。
「・・・使っていたら、どうするんだ?」
―――・・・また、そうやって意地悪するんだ。
もし、使っているようなら、こちらも自力で解除法を特定し、発令させなくてはならない。
「意地でも解いて貰う」
珍しいとも思える、の強気な発言に、一瞬、驚いたように目を見開くムヒョ。
暫くしてから軽く、フッと笑みをこぼす。
「ヒッヒ。・・・らしいな。だが、お前以外、魔法律を使ってでも帰さないようにするなんてことは、まず・・・しねェな」
そう言い切ったムヒョは、その双眸にの姿をしっかり捉えていた。
真剣な眼差し・・・。
「・・・はい?ムヒョ・・・それって、一体・・・?」
いまいち、言葉の意味を把握出来ずに、聞き返してみる。
「ドレスぐらい、そのうち着せてやるヨ。だから、今はそれで我慢しろ」
すっと、腕を上げて、指を示す。
その方向には執行人専用のマントがあり・・・。
それを見て、恥ずかしそうにしながらも、は笑顔を向けた。
「えへへっ。・・・そっか。ムヒョと御揃いだもんね」
「―――・・・あぁ」
と答えながらも、照れくさそうな様子のムヒョ。
「ありがと。大好きだよ。ムヒョ」
そんなムヒョが愛しく思え、今度は、満面の笑顔で愛の言葉を伝える。
「言うには、まだ早いだろが」
ふいっと顔を背けて、ソファに座り直す。
「・・・ムヒョ・・・」
「何やってる?早く来い」
「あ、うん!!」
元気に明るく返事をし、はムヒョの隣りに腰を下ろす。
約束・・・だよ・・・―――。
絶対に、ムヒョのお嫁さんにしてね・・・。
楽しみにしてるから――――・・・。
E N D
メッセージ:魔法律夢、第3弾です。今回のテーマは「6月の花嫁」でした。
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2005.7.2.ゆうき