One’s fiance

 その日の午後。は、もう通い慣れている“六氷魔法律事務所”を訪れる。
しかし、この日は何故か緊張しているのか、扉を叩く・・・ノックする自分の手が小刻みに震えているのに気づいた。
多分、顔も強張っていることだろう。
そう思ったら急に、来るのではなかった。と、後悔の念に駆られてしまう。
今日は、仕事の話ではなく・・・事務所の主に個人的な話があって遣って来たのだ。
一息ついて、は、引き返そうとも迷ったが、もう時、すでに遅く。
中から明るい声と軽快な足音と共に、出入り口でもある扉が開かれる。
勿論、いつものように迎い入れてくれたのは、他でもない、この事務所の主・六氷透(ムヒョ)の助手である草野次郎(ロージー)。

「あ、さん!いっらしゃい」

そう言って、ニコッと優しそうな笑顔を見せる。
そんなロージーに、つられるようにもまた笑顔になる。

「あ、あのね。ロージーくん・・・」
「・・・あ!ムヒョですね。ちょっと待ってて下さい。今、起こしますから」

どうやら、皆まで云わずとも分かっているようで。
ポンッと、掌をもう一方の手で軽く叩くと、一旦、がいる扉から離れて、ムヒョが寝ていると思われるベットへと足を進ませる。

「で、でも、寝てるようならいいよ。無理に、起こさなくても」

少し戸惑いながら、遠慮がちに、そう声をかける

「良いんです。依頼がある時以外は、ほとんど寝てるようなもんだから」

“気にしないで”
とばかりに、入り口に居るに片手をヒラヒラと振って見せ、起こそうとベットに近づく、ロージー・・・だが。

「ヨォ。誰が“万年、寝太郎”だって?」

突然、ムヒョの目がパチリと開き、ムクッと起き上がると、ロージーにワザとらしく意地悪い笑みを向けた。

「・・・ムヒョ。起きたんだ」

“あはは”
ロージーは、苦笑いをする。

「オメーの足音が煩くて、ゆっくりも寝てらんねェんだ」

スッパリと言い切ると、身軽にベットから降り、未だに出入り口で棒立ちに近いを一瞥する。

「何、ぼーっと突っ立てるんだヨ?用があるならサッサッと入ればいいだろ。・・・ないなら、帰れ」

ムヒョの相変わらず、冷たく厳しい物言いに、ロージーは頭にきたのかの変わりに・・・とばかりに言い返す。

「ムヒョ!!そんな言い方ないだろ!?」

“さっ、さん。気にしないで入って下さい”
無論、には柔らな表情を向けるロージー。

「あ、うん。ありがと、ロージーくん」

そう礼を述べて、靴を脱ぎ、部屋に足を踏み入れる。

「チッ・・・」

何が気に食わないのか・・・少し、苛立つようにしてムヒョは軽く舌打ちをした。

「どうぞ。座っていて下さい。今、お茶を入れますから」
「あ、おかまいなく・・・」

パタパタと、台所がある奥に小走りで向って行くロージーの背中に、一言、言葉を投げると自分は業務用のソファに近づく。

「で?今日は、何の用だ?」

ムヒョは、いつの間にか、寝着から普段着のシャツに着替えていて、向かい側のソファに座っていた。
それに、少々、驚かされながらもは、静かに反対側にあるソファに軽く腰掛ける。

「う、うん・・・」

とても、言い難いことなのかは、そう云いかけて俯いてしまう。
いつもと感じが違う・・・何かにそわそわとしていて落ち着きがない様子。
というぐらいなら、傍から見ていたロージーでも、すぐに察することが出来た。
もしかしたら、大切な話かもしれない・・・と感じたロージーは、自分が居ては邪魔になると思ったのだろう。
すぐさま、出掛ける用意をし始める。

「オイ。ロージー・・・」

慌ただしく、自分の部屋を出入りするロージーの行動に、違和感を覚えたのか、ムヒョは呼び止める。

「・・・?ロージーくん??どうしたの?」

一方のも、不思議に思ったのか、声をかける。

「あ、ごめんなさい。お茶菓子が丁度なくて・・・ちょっと買って来ます!」

焦りながら、それだけ言うと、ムヒョとの返事を待たずして、ロージーは勢いよく出て行く。

「ヒッヒ。あいつめ・・・下手に気遣いしやがったナ」
「ロージーくん・・・」

自分達のことを気遣って、出掛けて行ったロージーを心配してしまう

「まぁ、あいつのことだ。時間を見て帰ってくるだろうヨ」

「そ、そうだね」

ムヒョの言葉に、は相槌を打ち、苦笑い混じりに答える。
それから、ムヒョは一息置くと、すっと瞳を開いて、真剣な眼差しでを見つめてくる。

「・・・で?何かオレに用か?」
「うん・・・。で、でも・・・大したことじゃないから怒られちゃうかも」

いつもよりは、優しくて静かな声音に、は自分の心拍数が上がるような気がしてしまう。

「・・・言ってみねェと、怒れねーだろうが。言ってみろ」
「うん。えっと・・・私達のことなんだけど―――・・・」

が覚悟を決めて、話し始めた・・・その瞬間!
唐突に、勢いよく出入り口である扉が開いて、先刻、買い物と称して出掛けて行った、ロージーが息を切らせながら立っていた。

「あっ。えーっと。お財布、忘れちゃって・・・」

そうバツが悪そうな表情を浮かべながら、ロージーは自室に入って行く。
そのロージーの行動に、ムヒョは眉を顰める。
は、目を丸くして、ただ驚いてしまうのだった。
ややあって、ロージーは申し訳なさそうに姿を現した。

「ご、ごめん。ムヒョにさん。・・・それじゃあ、行ってきます!」

そう告げて、再び出て行くロージー。

「ケッ。相変わらず落ち着きがねェ」
「あはは。でも、ロージーくんは、良いお婿さんになるよね!何か、良いよね。料理出来るし。ロージーくんみたいなタイプも好きかなぁv」

ムヒョの吐き捨てるような言葉に、は冗談交じりで答えた。

「ヒヒッ。。オメー、誰を目の前にして、そんな冗談言ってんだ?」

無論、この室内には二人だけしか居らず。
しかし、の場合は、それ以前の問題で。

「えっ。えっと・・・許婚のムヒョ・・・」
「フン。・・・よく、分かってるじゃねーか」

何故か、この話になると自然と動揺してしまう
ムヒョは、不敵な笑みでこちらを見ている。

「で、でも・・・まだ先のことだし。本当に一緒になるなんて―――・・・」
「・・・“分からない”・・・か?」

冷静に、の次に言おうとしていた台詞で聞き返して来るムヒョ。

「う、うん・・・」

は、静かに1回だけ頷く。

「だが、。現にお前は、ほとんど毎日と言って良いほど此処に来ている。それは何故だ?」
「え!?そ、それは・・・」

いきなり“何故?”と聞かれ、は思わず次の言葉を失ってしまう。

「あいつ・・・ロージーのことが好きだからか?」
「ちっ、違うよ!!私は、ムヒョのこと―――・・・」

声を上げて、否定する
その姿に、ムヒョは、平然とした態度・・・だが、何処か面白がっている様子で、こう続けた。

「オレが?どうしたって・・・?」
「なっ!?い、意地悪っ!!もう、知らない!!!」

いつの間にやら、自分の隣りに立っているムヒョに驚く。
それと同時に、つい、からかわれて本音を言ってしまいそうなことに気づき、は涙目になりながら顔を背ける。

「・・・まぁ、オレもその気がなかったら、わざわざ、こうしてお前を入れることなんかしないがナ」

“違うか?”そう問われ、は軽く項垂れるようにして、こう答えた。

「・・・違いません。わかってます。・・・六氷・・・透さん」
「良い返事だ」

一言、そう言うとムヒョは軽く笑い、の頬に優しく唇をあてる。
所謂、頬にキスと云ったところだろう。

「!?・・・ムヒョ??」

そのムヒョの行為に、は頬を真っ赤にし目を見開いて呆然としてしまう。

「安心しろ。お前だけは、必ず守ってやる」

力強く、言い切ったムヒョは、視線を窓の外へ投げる。



この先、何が起きようと、それが例え、エンチューの容赦のない攻撃や呪いだろが・・・


こいつだけは、必ず――――・・・。




                            E N D



 メッセージ:ムヒョ夢、第二弾です。今回は、少し甘めにしてみましたv
ロージーくん・・・ごめんなさい;
ご感想など頂けると、とても嬉しいです。
                       2005.5.28.ゆうき