小指の爪
それは、いつもと変わらない、日常での出来事。
その夜、珍しいことには、まだやることがあるからと伝え、エドワードに風呂へ入る順を譲った。
エドワードは、そのことを不思議に思ったが、あえて、気にせずにの行為に甘えることにした。
それから、20分後。
エドワードは風呂から上がり、玄関と向き合って設置されている階段に向かおうと、居間と繋がっている扉の前を横切ろうとして、扉が半開きになっていることに、気付いて足を止める。
そして、静かに閉めようとした時、ふいに、居間で何かをやっているの姿が目に入った。
自分は、てっきり部屋に居るのかと思っていたが。
何、やってんだ、一体・・・?
もしかして、やることって、これだったのか・・・?
と疑問になり、に気付かれないよう、下手におどかさないように、静かに足を一歩ずつ前に出し近寄る。
は、ソファに座り、俯いて手を動かし、何かをしている様子だった。
ただ、今いる自分の角度からは、よく見えない。
仕方がなく、エドワードは少し、右に寄ってみることにした。
見える位置まで来ると、静かにを見つめる。
どうやら、は左手に爪切りを握って、右手にある爪・・・いや、爪ではない。
爪の両端に、ちょっこっと出ているもの、いわゆる『ささくれ』なるものを取っていることが分かった。
「あれ?エド・・・。あっ、お風呂出たんだね」
自分の視線に気付いたのか、は顔を上げ、エドワードを確認する。
あまり、驚いた様子はなく。反対に不思議そうな表情を見せる。
「あぁ。今、出たとこ。それより、。お前、ささくれ出来やすい体質だっけ?」
そう言って、エドワードは視線をの右手に移す。
少し、動揺するかと、エドワードは心の隅で思っていた。
いや、期待していたと云った方が正しいかもしれない。
「あっ、うん。昔からね」
苦笑混じりで、答える。
しかし、"昔から"と云われても、どのくらい昔からなのか、エドワードにはよく分からなかった。
そう、自分の知っている"昔の"は少女の姿で。
今も、その頃の記憶は、はっきりとはしていない。
あの頃、とは、少し遊んだ程度だったため、記憶が曖昧なのだろう。
だから、性格や、癖、体質までは、分からなかったのだ。
そう、今のように、こうやって一緒に生活をしてみると、自分の知らなかった相手の一面を発見することが出来、新鮮な感じを受ける。
良い面や・・・勿論、悪い面も。
結構、不思議なものだと思ってしまうのだった。
ふと、エドワードは、この間、アルフォンスが言っていた言葉を思い出す。
―――たしか、"『ささくれ』はクリームを塗った方がいい"とのことだ。
「ささくれって、切るよりクリームをつけた方がいいんじゃないのか?」
エドワードは、さりげなく聞いてみた。
それと同時に、もう一つの言葉も思い出す。
前々から、アルフォンスに言われていたことだ。
"言い方に気を付けた方がいいよ。誤解されるような言葉だけは言わない方がいいと思う。いつも、兄さんは考えずに言うからさ。下手したら、相手を傷つけるよ"
「うん、まぁ。そっちの方がいいんだろうけど・・・すぐ、何かに引っかかったりするから」
右手の爪を見つめながら、は言葉を続ける。
「だから、クリームつける前に、少し切ることにしてるんだ」
左手で、爪切りを持ち直すと、右手の中指にある、ささくれを少し取る。
それから、小指の爪に出来た、ささくれも中指と同様に、取ろうと爪切りを持っていくのだが。
「う 〜〜〜〜」
はその場で小さく、唸ってしまう。
上手く、ささくれが取れないようだ。
もう一度、目を細め、集中し、小指の爪にあるささくれと睨めっこしながら、爪切りを近付ける・・・
しかし、的は外れてしまい、ささくれから少し離れたところで空振りしてしまうのだった。
「・・・ ・・・」
がっくりと、肩を落としてしまう。
一通り、の行動を見ていた、エドワードは軽く息をつく。
「なぁ、・・・」
「・・・ん?」
爪切りを放し、小指の爪にある、ささくれから目を離さずに、は答える。
「もしかして、不器用だったりする?」
突然、エドワードから放たれた言葉に、少し頭にきたのか、ムッとする。
「・・・もしかしなくても、不器用ですよっ!」
まるで、子供がふてくされた時のように、両頬をぷうっと膨らめては、言い返す。
"悪かったね、不器用でさ!"
「あー、悪かったよ。そんなに拗ねるなよ・・・なっ」
すっかり、拗ねさせてしまったに、謝りながら、もしかしたら・・・は、いじめたくなるタイプかもしれない、とエドワードはそんなことを思ってしまったりする。
の子供のような、その顔に、あやおく、吹き出しそうになってしまう、自分に気が付き、慌てて言葉を探す。
「・・・ ・・・」
しかし、黙り続ける。
どうやら、まだ拗ねているようだ。
困ったなぁ、こんなとこアルに見られたら・・・。
そう思った瞬間、前から言われた言葉の続きが浮んでくる。
"他の人も、そうだけど・・・さんを傷つけるようなことがあったら、例え兄さんでも許さないからね!"
「・・・」
手っ取り早く云えば、兄弟でも容赦はしないってことだ。
―――・・・さて、どうしたもんかな、とエドワードは頭を捻って思考を巡らせてみる。
「・・・なぁ、オレ思うんだけどさ」
エドワードは多少ではあるが、控えめに声をかけてみる。
「何?」
は自分の右手から、目を逸らさず、それだけ言うと、持っていた爪切りを仕舞おうとする。
「自分でやるより、相手にやって貰った方が良いんじゃないか?」
「相手・・・って、誰がやってくれるの?」
エドワードの提案に、はキョロキョロと辺りを見渡す。
この2人しかいない状況で、誰がやってくれるというのか。
「まさかとは、思うけど・・・エドが切ってくれる・・・訳ないよね」
はーっと力なく息を吐き、エドワードを一瞥する。
―――今、此処にはエドワードしかいない。まさかと思っていた矢先。
「―――・・・が、嫌じゃなきゃ切ってやってもいいんだけどな、うん」
エドワードは、両腕を前で組み、頷いてみせる。
一言で表わすならば"オレでいいなら、切ってやる"ってことなのだろうが。
遠回しの表現は相変わらずで。だから、弟であるアルフォンスが心配してしまうのだ。
「・・・」
「どうする?」
ニヤニヤと、面白がっているかのように聞いてくる、エドワード。
「―――・・・じゃ、じゃあ、お願いします」
嫌・・・とは言えなかった。
言えるはずもなく。
エドワードに特別な感情を抱いていなかったら、断れるのだが。
そうが返事をすると、エドワードは、子供のような可愛い笑顔をつくる。
「了解っ。それじゃあ・・・ほらっ。右手出せよ」
「あっ、うん」
出された右手を、エドワードは優しく自分の左手で受け取る。
その、重なり合った手と体温に、は自分の心臓が、ドキッと高鳴るような感覚を覚えた。
そして、エドワードは右手で、爪切りを持ち、の小指に近づける。
「いっ、痛くしないでよ・・・」
「・・・お前なぁ〜。そういう微妙な発言は、よせよな」
エドワードは、の言葉に、半ば呆れたような表情を浮かべる。
「ごっ、ごめん」
「まぁ、いいけど」
"これじゃあ、見難いな・・・"
と言いながら、の小指のささくれを、自分の取りやすい位置に替えて、再度、爪切りを近づける。
「・・・あっ、あのさ、エド・・・」
折角、切って貰っているのだからと、邪魔にならないように遠慮しながら、は小さな声で話かけてみる。
「ん?何だ?」
集中しているにも関わらず、普通にエドワードは返事を返す。勿論、目を手から離さずに。
「エドの手って、温かいね」
は、エドワードの、その手の体温が、自分の中に入ってくるような気がしたのだった。
「・・・そうか?まぁ、風呂上りだからな」
"いつもは冷たいって言われるんだけどさ"
と付け足して、そんなことを、あまり気にした様子もなく、エドワードはささくれを取る作業を続ける。
「そうなの?でも、手が冷たい人って・・・」
「?」
が、言葉を区切って間を開けたため、エドワードは不思議そうな表情をする。
「心が温かいって、よく言うよねv」
「!・・・そっ、そんなことは、ないと思うけど。オレは」
から、そんな思いもよらなかった言葉を聞いて、エドワードは少し戸惑ってしまう。
「―――・・・そうかな?」
ふふっとは笑うと、そう付け加えてみせた。
「・・・そうなのっ!きっ、切り終わったぞ」
焦りながらも、そう強く言い切り、の右手を放す。
「ありがとうね、エド。エドって器用なんだね」
とが、笑顔を向ければ。
「まっ、まぁな。じゃ、じゃあ、オレは部屋へ戻るから」
照れたようで、ふいっと、エドワードはから顔を背けると、居間の出入り口の扉に向かって歩き出す。
「うんっ、本当にありがとう!おやすみ」
「いいって、別に。んじゃあ、おやすみ」
振り返らず、手だけを軽く振って、エドワードはノブを回し、部屋を出ていこうとする。
「あっ、エド!待って!!」
は何かに気付き、慌ててエドワードを呼び止める。
「何だよ?今度は?また、ささくれが残ってました―――なんて、云わないよな?」
「ううん、違うよ。そんなんじゃなくてね・・・」
自分の座っていたソファから、立ち上がると、パタパタッとエドワードの前に来る。
「じゃあ、何?」
怪訝そうな顔をするエドワードに対して、は照れ笑いをした。
「えへへっ」
と言っては目を瞑り、エドワードの左頬に軽くキスをする。
「!?」
いきなりのことだったため、エドワードは面を喰らったように、唖然としてしまう。
「いわゆる"おやすみのキス"かな?」
そんな言葉を投げかけると、は、エドワードの横を通って、扉を出て行く。
「・・・ ・・・」
「じゃあ、本当におやすみっ!また明日ね!!」
そう言って、は自室へ戻って行った。
その後も、エドワードは、その場に立ち尽くしてしまい、上から降りてきたアルフォンスに心配されるのは言うまでもなく。
E N D
あとがき。
久しぶりですね、100のお題で鋼夢を書くのは・・・しかも、初めての現代版・パラレルでございます!
題材は『ささくれ』で、100のお題では『小指の爪』で書かせて頂きました。
この題材は、前々から書こうと思っていたので。自分が、ささくれが酷いもので・・・(泣)
結構、痛いんですよね、何かに引っかかると;;今回は、ヒロインを積極的にしてみました。
やったら、やり返す・・・みたいな感じですね(ちょっと違うぞ;←苦笑)
では、こんなのでも、気に入って下さったら幸いです。
感想などありましたら、BBSかメールフォームまで下さい。
それでは、失礼致します。
2003.5.8.ゆうき