通勤電車










(今朝も混んでるなぁ〜)

ゆれた電車の振動で動いた人に身体を押されて 連結器の近くの壁に押さえつけられ
た。

は壁に預けた背中に痛みを感じて 顔を少しゆがめた。

ドア口ではもっと大変だろうと 想像してしまう。

だからこそ こうして車両の奥の連結器付近まで来ているというのに それでも

出勤ラッシュの電車の中は混んでいた。





が降りる駅は 幸いなことに終点だ。

こうして 奥に乗っていても必ず降りられるので その点は安心して良い。

その終点の駅が大きいために この路線はいつも混んでいるので 時間をずらして
乗っているのだが

それでもやっぱり混んでいる。

朝からため息なんか吐きたくないのだが 抱えたカバンの陰で息をそっと逃がす。

それほど大きくない の身体は 男性が圧倒的に多い出勤時間の電車の中では

埋もれてしまうし隙間に挟まったようになってしまって 動きが取れないことが多
い。

目の前に立つ男性の顔など 見たためしがないのだった。

だから そんな を愛しそうに見つめる男が 目の前にいることにも気付かなかっ
た。







その目の前の男は そんな を見て今日もきっかけを掴めずにいた。

毎朝同じ電車の同じ車両に乗って 見つめ続けているのだが

こんな人ごみの中では 話しかけるわけにもいかず きっかけを掴めないままに

もう3ヶ月も過ぎようとしている。

必ず の立つ傍にいるのだが 背の小さい彼女は見上げることなど無いために

視線が合うこともない。

だから ずっと気付いてもらえないままだ。

誤解されるわけにも行かないので  が壁に身体をぶつけても守ってやることも出
来ない。

痛そうにゆがめた顔に 己の不甲斐なさを感じてため息を吐きたくなる。

今日も顔を見るだけか・・・・・・と そう思った。







信号の停止表示のためなのか 前の電車が遅かったからなのか

乗っていた電車が 急に速度を落として止まろうとした。

駅でもない場所でそんなことが起きると 油断していたためか乗客の反応は

意外に大きいものになることが多い。

この時もそうだった。

まず 進行方向に向かって体が倒れる それをどうにか食い止めると

今度は後ろへの反動が来る。

『慣性の法則』に従っていた身体が 電車の箱の人波の中で 水のようにうねる。






さっきのあの程度のゆれで壁にぶつかっていた が どんな目に遭うかに考えが及
ぶと

三蔵は思わず の身体を片手で腕の中に抱きこんで 壁にもう片方の手を付き守っ
てやった。

人のうねりがどうやら納まった頃 電車はまた動き出した。

突然のことに驚いて三蔵の腕の中にいたままだった が そのことに気付いて

「あっ・・・あの・・・ありがとうございます。

もう大丈夫なので 放して頂けますか?」と 上を見上げて言った。

初めて交わった視線。

三蔵の胸の鼓動が ドキッと高鳴なる。

「あぶねぇから 終点までこのままのほうがいいだろう。」

そう言うと後ろに押された振りをし 自分の身体を の方に寄せて

彼女が腕の中から逃げられないようにする。






今まで 触れたくてもかなわなかった その柔らかくて小さめの身体を抱きこんでみ
ると、

もう放したくない想いが三蔵の胸に溢れる。

今まで この感触を知らずにいた事を どうかしていたとさえ思えるほどだ。

これを機にゆっくりと親しくなるなんて悠長な事は言ってられねぇ・・・と

自分の思いに急き立てられる。

見知らぬ男の腕の中で じっと身を堅くしている が 愛しくてたまらない。

出来ることならこのまま会社にいかずに 一日中この幸せに浸っていたい。

まあ それは許されそうもないな・・・・と 三蔵の脳裏に

笑みが怖い秘書の顔が浮かんだ。






電車が終点に着きドアが開いて 人が吐き出されるように改札に向かう。

回りが空いて来て 三蔵はようやく の身体をその腕の中から開放した。

そのまま車内にいるわけにもいかず 2人もホームへと出た。

「危ない所をありがとうございました。

これから会社なので今はお礼とか出来ないんですが・・・これ、私の名刺です。」

そう言って が差し出した名刺を 三蔵は確かめもせずにポケットに突っ込み

「お礼をリクエストしていいか?」と尋ねた。

驚いたように見上げた顔も可愛いと思いつつ その口が断る言葉を言う前に

「礼として 今夜 夕飯を付き合え。

場所と時間は 追って知らせる。」と言うと  をそこに残したまま

出社時間が迫った会社に足を向けた。

あまりに急な展開に驚いて三蔵を見送った が、相手の名前も携帯も確認しなかっ
たことに

あわてて後を追ったが 改札を出るとふいに歩く姿が見えなくなって、

確かめる事はかなわなかった。







三蔵からの連絡で 夕食を共にした夜に全てを知った だったが、

三蔵の車がいきなり故障したために やむにやまれず乗った電車で

見初められていたこととは露ほどにも気付いていなかった。

を心配する三蔵が 翌日の朝から愛車に乗せて出勤することになった事は言うま
でもない。

そんな三蔵の様子に「これで 毎朝社長を駅まで迎えに行かなくてもいいんです
ね。」と

秘書は仕事が軽減された事を喜んだ。



E N D



+++++<黎明の月>の龍宮 宝珠様よりアンケートお礼夢++++
    素敵な三蔵さんを、どうもありがとうございました!
    本人承諾で載せておりますv
                            byゆうき