NO.7 毀れた弓
あれから数ヶ月。
百鬼夜行が放たれて、それに打ち勝ち、百年前の神子と同じく、この京を救ったは人々から『龍神の神子』と呼ばれるようになった・・・。
この時点で、本当は、元いた世界へ帰れるはずだったのだが、あえて、は、この世界で暮らして行くことを選んだのだ。
その理由は―――。
そして、長くて短かった冬は終わりを告げ、季節は、早くも春。
気持ちが良いくらいに、晴れ渡ったある日のこと。
「それじゃあ、紫姫。行って来ます!」
元気で、明るい声と軽い足音が聞こえ、それに気付いた、星の一族の末裔である紫姫は、龍神の神子であり、異世界から空を割って、この世界へ飛ばされ・・・
いや、正確には龍神によって導かれ、京へ降り立ったと云った方が相応しいだろう、に後ろから声をかける。
「あのっ、神子様!?今日は、どちらに行かれるのですか?」
「えっと、今日は・・・勝真さんのところにでも行こうかなと」
そのまま、館を飛び出して行きそうな勢いだったは、慌ててその場に立ち止まり、縁側の紫姫を振り返った。
「・・・お一人で大丈夫ですか?」
「えっ!?―――あ、うん。大丈夫だよ」
心配そうに、紫姫はを見つめる。
いくら平和になったからと云って、、一人を歩かせる訳には行かないのだ。
「でも・・・」
「大丈夫、大丈夫だよ。そんなに心配しないで、紫姫。遠くに行くわけじゃないから」
笑顔を作り、紫姫を安心させようとする。
だが、しかし、紫姫はまだ心配そうな様子でいる。
「・・・そうですか。くれぐれも、お気を付け下さいませね」
「うん!わかってる。ありがとう、紫姫」
"じゃあ、行ってきます!"と言い、は紫姫の館を出て行く。
向かうは・・・勿論。
その後ろ姿を静かに見送る紫姫。
場所は変わって、船岡山・・・。
「さて、先に馬を繋いで、それから始めるか」
ひょいっと軽い身のこなしで、勝真は馬から降り、毀れた弓を数本、そこに置いて、少し奥まった処でがっちり根を張っている大木に馬を繋ぐ。
それから元の場所へ戻って来ると、腰を下ろして弓に手をかけようと腕を伸ばした、その時。
「勝真さんっ!」
突然、背後から聞き慣れた声が、元気よく飛び込んでくる。
「!?」
その声にふいを突かれてしまったのか、勝真の肩が少しではあるが、ビクッと上下に揺れた。
「・・・!?何かあったのか?」
振り返り、の姿に勝真は思わず声を大きくしてしまった。
まさか、ここまで一人で来るとは思っていなかったからだ。
いや、ここに来る途中に、の身に何もなかっただけでも安心だ。
何かあってからでは遅いのだ。
他の八葉に合わせる顔がない。
「いえ、勝真さんに会いたくなったので・・・来たんです」
「―――・・・そうか。あまり驚かせるなよ。それより、よく此処にいるってことが分かったな」
ふうっと軽く息を吐いて、勝真はと視線を合わせた。
一瞬、何事かと思い、焦ってしまったのだった。
「何となくです。いつもの弓の鍛錬として使っている場所にいなかったものですから。もしかしたら・・・と思いまして」
はニコッと笑い、そう言うと少し乱れた呼吸を整えようとし息をつく。
"あっ。やっぱり、お邪魔ですか?"
そう控えめに言葉を付け加えた、に、勝真は静かに
"そんなことはないぜ"
と応えた。
「それより・・・結構、大変じゃなかったか?此処まで来るのに。歩きで来たんだろ?」
そんなに、勝真はふっと笑うと、柔らかい口調で言葉を投げかけてやった。
「あっ、はい。大変・・・と言ったら大変でしたけど、でも良い運動になりました」
「そうか。それならいい」
の前向きな答えを聞いて、勝真は少し安心した。
「? その弓・・・」
は、勝真の傍らに、数本転がっている毀れた弓に気付いて口を開く。
「あぁ、この弓か?弦が切れちまっているだろ?」
その中で、真中で綺麗に真っ二つに、切れてしまっている弓をとって、の前に差し出すと、つるである弦を指差してこう言った。
「あっ、本当だ・・・切れてる」
目の前に差し出されている弓を、は、まじまじと見た。
「それを、新しいものに取り替えて、付けるのも、俺の役割になっているからな」
そう言って、作業を始める勝真。
「そうなんですか・・・」
はその姿を、隣りで静かに見守る。
黙々と、手際よく新しい弦を、端の小さな開いた穴から通して、つけてゆくのを見ていて、はこう呟く。
「勝真さんって、結構、器用なんですね」
「・・・不器用に見えるか?」
「あっ、いえ」
弓から目を離さず、手を動かしながら、勝真はの発言に少し、ムッとしたのかそっけない態度で返事を返す。
怒らせたのかもと思い、は焦ってしまう。
「そういえば、勝真さん。自分の弓はどうしたんですか?」
は、勝真がいつも持っている弓が見当たらないことに気が付き、そっと仕事の邪魔にならないように聞いてみた。
「そこにある」
すっと、の反対側にあたる、木を指で指し示す。
「・・・?あれ?前、使っていた弓と違うような気がするんですけど」
そこには、見るからに真新しい弓が、無造作に置かれていた。
はその弓に近付き、目を凝らす。
「――よく気づいたな。それは最近、使い始めたものだ」
そう言って、勝真は一時、手を休め、弓から目を離し、こちらを振り向いたと視線を合わせた。
「・・・―――もしかして、こわれちゃったんですか?」
言い難いのか、は何処か、ぎこちない様子で静かに聞き返してくる。
「いや、こわれてはいないし、使えるには使える」
そうして、再び、から視線を外し、弓と向かい合い、手を動かす。
「じゃあ、どうして・・・?」
は、不思議そうな顔で問い掛ける。
「あれには思い出があるからな」
澄みきった心地好い空気に、青空と、此処の船岡山から一望出来る、自分達の生まれ育った京の町並み。
それを、勝真は見下ろしながら、小さく呟くそうに言った。
「え・・・?思い出・・・?」
「あぁ、お前との思い出がさ」
「私との思い出って・・・?」
唐突に、"思い出"と言われても、何かピンとこない、先刻から棒立ちに近い体勢でいるに、勝真は
"かったるいだろ?座ったらどうだ?"
と促し、こう続けた。
「それは、いわゆる、俺の分身みたいなもんだからな。何時も肌身離さず持っていた・・・。それで、お前と会って、色々な思い出ができたわけだ」
「まっ、お前が龍神に呼ばれ、京へ来なかったら、俺は、何も変わらないまま終わっていたんだろうな」
そうイサトとも解りあえず、再会もせず。
貴族を嫌い、何より、自分が生きていくことに矛盾を抱えながら、過去の出来事に、一生、縛られたまま終わっていたのに過ぎないのだから。
少し間をおいて、苦笑混じりでに顔を向ける。
本当に、そうなっていたであろう自分の未来・・・。
いや、こんな考え方なら"未来"とは言えないだろう。
それが、と出会い、自分が八葉に選ばれ、龍神の神子であると共に行動し、戦い、守っていくうちに、少しずつだが変わっていく自分に気付いたのだ。
「・・・勝真さん」
「だから・・・上手くは言えないが、。お前で良かったと思うぜ」
に柔らかく微笑む勝真。勿論、今の言葉に偽りはなく。
「それって・・・」
言いかけて、は何処か、浮かない表情をうかべる。
そう、きっと、"龍神の神子"としてだろうと思ったからだ。そのの姿に、勝真はこう付け足した。
「龍神の神子としてじゃなく、。お前という一人の人間として・・・だ」
「・・・!!」
"それと・・・女としてもだ"
その言葉に、は目を見開き、驚いたような顔をして勝真を見た。
「弓は、その一区切りで、これから生きていくうえで、自分のけじめとして替えた」
勝真は、の真横に置いてある、新しい弓を、自分の前に持ってくると、静かに、そして強く言い切った。
新しい気持ちで、心で、と向き合って生きていきたい・・・そう思ったからだ。
「あれから、少しずつ、この京が平和になっていく中で・・・お前と、あった出来事を、大切にしていこうと思う」
「まぁ、それは、が嫌でなければ、これからもだ」
少し照れくさそうに、"どうだ?"と勝真は優しく聞いてくる。
「えっ、えっと・・・私・・・」
勝真の表情と問いかけに、は言葉を詰まらせてしまう。
少しではあるが、の頬は赤く染まっていた。
「あぁ。また困らせてしまったな」
長めの前髪を、かきあげ、そう呟くように言った。
暫らく間をおいて、がおもむろに口を開く。
「私も、そう思います!かっ、勝真さんと一緒にいたい・・・から嫌じゃありません!!」
「そうか・・・。なら良かったぜ」
安心したように、勝真は、ふっと軽く笑ってみせる。
「・・・」
「はい、何でしょう?」
自分の名を呼ばれ、は返事をする。
「今度、京から出て、馬で遠乗りしにでも行かないか?」
「そうですね!楽しみにしてます」
満面の笑顔で答える。
「――それじゃあ、そろそろ戻るか。あまり遅くなると紫姫が心配するからな。送ってく」
「あっ、はい。ありがとうございます!」
暖かい風が二人を包み込んでいく・・・そんな中で。
本当に、お前には感謝してるんだぜ・・・。
E N D
あとがき。
初の遥時2、勝真さん夢となりました。いつもの如く、ほのぼのですね。
遥時2をやり始めて、このお題は絶対、勝真さんが合う!と思っていたので。
書けて嬉しいですvこれから、この100のお題で遥時夢を増やしていけたらいいなと思っております。
遥時の夢小説って、マイナーなんでしょうか??あまりサイトさんを見かけないので;;
勿論、他ジャンルであります、鋼錬や最遊記も・・・ですけどね。
御感想などありましたら、メール・フォームかBBSまで下さると、とても嬉しいです。
それでは、失礼致します。
2004.4.6.ゆうき