トランキライザー

 

〇このところ、雨が降り続いている。それも、雷に風と共に。

今夜、泊まる宿屋を確保し、を含めた三蔵一行は、各自、割りふられた部屋で、個々の時間を静かに過ごすこととなった。

は、部屋の窓から見える風景を、ただボーッと眺めていた。

風景とは言っても、雨と霧のせいで視界はとても悪く、遠くの建物は愚か、近くの木々や植物までぼやけてしまっている。

それに、縦長の窓ガラスの上半分は曇ってしまっていた。

 

「いつ、やんでくれるのかなぁ〜。この雨はっ」

 

と、は1人呟いてみた。

このまま雨が続くと自分も気持ちが沈んでしまい、ストレスになってしまう。

西への道のりに、影響が出るのも間違いないだろう。

それに、精神的、ダメージを強く受ける人が2人もいたのだと気付いて不安になってきてしまう。

は、顔を少し顰めて窓の外で容赦なく降り続けている雨を、その双眸で捕える。

・・・あの人は平気だろうか?大丈夫だろうか?こんな雨で、苦しんではいないだろうか?

もちろん、もう1人も気になるのだが。

そう考えたら、気にせずにはいられなくなってしまい、は部屋を出て、八戒のいる部屋へと足を運ぶことにしたのだった。

八戒の部屋の前まで来たは、気持ちを落ち着かせるために、深呼吸を行う。

コンッ、コンッ、コンッ。

と、はしっかり3回ノックをする。

「・・・八戒さん?いますか?です」

静かな声で八戒の応答を待つ。暫らくして、扉の向こう側から足音が聞こえてくる。

ガチャリ。

と、ドア・ノブを回して八戒が出てきた。

 

「―――・・・どうしました?何かあったんですか?」

 

自身が、自分の部屋を訪ねて来ること自体が、珍しく思えた八戒はの姿を見て少し驚く。

もしかしたら、三蔵からの緊急の呼び出しか、何かだろうか・・・?

という疑問がふと、頭の中を過ぎったが、もし、緊急の呼び出しだったなら、いくら落ち着いているでも、もう少し慌てていることだろう。

では、ないとすると・・・やはり個人的な用事だろうか。

とにかく、珍しい・・・初めてに等しいだろう。

が男の部屋を訪ねることが。

 

「・・・あっ、八戒さん。お体の方は平気ですか?何ともないですか?」

 

と、は少し頬を赤く染めながら口を開いた。

 

「えっ!?」

 

と、いきなり八戒は自分の体の調子を聞かれて目を丸くし、驚いた。

しかし、八戒にはの質問の理由が、すぐに分かったのだった。

雨が苦手で、気持ちが沈むと共に、三年前に負った古傷が、未だに雨になると痛むことをは知っていたからだ。

知っていた上で心配し、こうして見に来てくれたのである。

 

「あっ、はい。大丈夫ですよ」

 

と、八戒はいつもの優しく柔らかな笑みで答える。

その『大丈夫』という言葉を聞くと、はホッとして笑顔になった。

 

「―――そうですか。それは、良かった・・・」

 

八戒は、改めてがこの旅に愚痴も言わずに、足手まといにならずに、頑張って同行していることに感謝をしたのだった。

何故なら、他の三人ならば、こんなに心配して、わざわざ自分の部屋にまで来てくれるはずにだろう。

 

「ありがとうございます。

「いいえ」

 

『それならば、良かった』と照れながら笑うのその姿が、少し幼く見えた。

それと同時に、可愛らしくも思えたのだった。

 

・・・。本当に貴女は僕のトランキライザーですね」

「えっ!?」

 

八戒の突然の言葉に、は目を見開いて驚いてしまう。

ただ、八戒を不思議そうに見つめるに優しくこう言った。

 

「・・・トランキライザーというのは、精神安定剤のことですよv」

 

少し、間をおいてから、やっとは、『トランキライザー(精神安定剤)』というのを理解したらしく、先ほどより驚いてしまった。

 

「えぇ!?・・・そっ、そんな大したものじゃありませんよっ!」

 

顔を真っ赤にし、一生懸命に両手を左右に動かして否定をする。

どうやっても、八戒の『トランキライザー(精神安定剤)』になれる器ではないのに・・・。

 

「いいえ、今の僕の精神安定剤は貴女ですよ、。間違いなく・・・。貴女がいて本当に良かったと思っていますよ」

「・・・そっ、そうですか?」

 

何て答えていいのか分からずに、困惑していると視線の位置を合わせる。

 

「これからも、宜しくお願いしますね」

「はっ、はいっ!こちらこそ、宜しくお願いしますっ!」

 

ペコッと可愛らしく御辞儀をするを、八戒は優しく見つめた。

 

「もし、が良かったら、一緒に御茶でもどうですか?ジープもと遊びたがってますからv」

 

と言った、八戒の脇から「ピーッ」と一声鳴いてジープが姿を現した。

 

「あっ、はいっ!もちろん!!」

 

と答えて、は扉の向こう側へと消えて行った。

 

  貴女は、僕のトランキライザー。

 

                                            E N D

 

 

 

▽あとがき▽
久しぶりの八戒さんドリ(しかも、桃源郷版!で、100のお題!)でしたv
いかがだったでしょうか?ほのぼのばかりですいません;天蓬さんにしようかと迷っていたんですけど、
前回、UPした時よりだいぶ時間が経っていたので、八戒さんにしちゃいました。
こんなのですが、楽しく読んで頂けたなら嬉しいですv
                                2003.7.25.  ゆうき